何日君再来

        何日君再来 hé rì jūn zài lái
好花不常開 hào huā bù cháng kāi よき花常には咲かず
好景不常在 hào jĭng bù cháng zàiよき運命(さだめ)常にはあらず
愁堆解笑眉 chóu duī jiĕ xiào méi 愁い重なれど面に微笑み浮かべ
涙洒相思帯 lèi să xiāng sī dài 涙溢れてひかれる想い濡らす
今宵離別後 jīn xiāo lí bié hòu 今宵別れてのち
何日君再来 hé rì jūnzài lái いつの日君また帰る
喝完了這杯 hè wán liăo zhè bēi 乾しませこの杯を
請進点小菜 qĭng jìn diăn xiăo cài 召しませこの小皿
人生難得幾回酔 rén shēng nándé jĭ huí zuì 人生幾度酔う日有らんや
不歓更何待 bù huān gēng hé dāi ためらうことなく歓びつくさん
「来来来、 lái lái lái 「さささ、この杯乾して
喝完了這杯再説吧」 hè wán liăo zhè bēi zài shuōba いまひとたび語らいましょう」
今宵離別後 jīn xiāo lí bié hòu 今宵別れてのち
何日君再来 hé rì jūnzài lái いつの日君また帰る

二、  

逍楽時中有 xiāo yuè shí zhōng yŏu 逍遥の楽しみ常に有れど
春宵飄無裁 chūn xiāo piāo wú cái 春宵は疾風(はやて)のように過ぎ
寒鴉依樹尖 hán yā yī shù jiān 寒鴉は木の梢により
月照高台 míng yuè zhào gāo tāi 高台を照らす明月は
今宵離別後 jīn xiāo lí bié hòu 今宵別れてのち
何日君再来 hé rì jūnzài lái いつの日君また帰る
喝完了這杯 hè wán liăo zhè bēi 乾しませこの杯を
請進点小菜 qĭng jìn diăn xiăo cài 召しませこの小皿
人生難得幾回酔 rén shēng nándé jĭ huí zuì 人生幾度酔う日有らんや
不歓更何待 bù huān gēng hé dāiためらうことなく歓びつくさん
「来来来、 lái lái lái 「さささ、
再敬你一杯」 zài jìng nĭ yī bēi もう一杯おあがり」
今宵離別後 jīn xiāo lí bié hòu 今宵別れてのち
何日君再来 hé rì jūnzài láiいつの日君また帰る

この歌は戦争に翻弄された人間と同じく、相対する陣営からともに迫害された数奇な運命を持っている。「白蘭の歌」でも冒頭に歌われているが、日本でレコード化されるとすぐに「軟弱な歌」であるとして発売禁止になった。中国では、国民党も共産党もこの歌を「禁止歌」としたため、ながらく中国大陸では公式の場では歌われなかった。山口淑子によれば、上海で彼女がこの歌を歌ったときには親日派汪政権支配下でも、この歌の「君」とは、蒋介石を指すものと考えられて、注意を受けたという。歌詞だけをみれば、これは中国では唐詩のじだいからの古い伝統を持つ離別のうたであり、「君」は、親友もしくは恋人ととるのが自然であるのだが。
戦後に稲垣浩によって作られた「上海の女」では、この歌が日本軍によって演奏禁止にされる情景が描かれている。