「米国スリーマイルズ島原発事故の問題点ー事実が示した原子力開発の欠陥(1979 岩波「科学」6月号掲載)ーを再読する 

小出裕章氏の著書、論文、講演録の一覧は、日本の原子力発電プラントの安全性を再考する上で必読の文献が数多く載っている。これを読むと、今回のフクシマ原発震災が起こる以前に小出氏をはじめとする京都大学原子炉研究所の研究者達が、科学的事実に基づいて、いかに重大かつ適切な警告を発していたかが分かる。その意味でこれは必読の文献であり、そのすべてを読むことは難しいにしても、現在、ネットで公開されている文献のリンクをたどって、ひろく読んで頂きたいと思った。

そのなかから、今日はとくに1979年の<科学>(岩波書店)に掲載された「米国スリーマイルズ島原発事故の問題点ー事実が示した原子力開発の欠陥ー」をとりあげたい。なぜ22年前の論文を取りあげるかと云えば、ここに現在フクシマで問題となっている日本の原子力政策の根本的な欠陥が明確に指摘されているからである。過去の失敗を失敗と認めずに、そこから何も学ばなければ、同じような過ちを繰り返すということは誰もが認めねばならぬ基本原則であるが、我々は、TMI事故から現在までの22年間、小出氏をはじめとする京都大学の原子炉研究者達の警告から何も学んでこなかったのである。ここにそれを再録し、今日の視点で読み直すことには意義があると思う。

TMI(スリーマイルズ島原子力発電所)の事故については Wikipedia の記事を参照されたい。「起こるはずがない」と云われてきた原発事故が「事実として起こった」場合、日本の原子力安全委員会通産省、電機事業連合会は、どんな対応をしたであろうか。
3月28日に大事故が発生し、米国のNRが「破局的状態に直面している」と発表、州政府が緊急事態宣言をはしていた段階で、原子力安全委員会は、早々に、「日本では安全審査や使用前審査が厳しいので、このような事故は起こらない」という委員長談話を発表し、これをうけて通産省は、住民からの原発一時停止要求に対して、「安全委員会が安全と云っており、(日本の原子炉を)停める必要性はない」と応じ、電気事業連合会は「米国のような大事故は起こりえないと確信し」「原発は停めない」と安全宣言を出した。ところが、その後、4月7日になって、ウエスチングハウス社が関西電力に対して緊急炉心冷却装置(ECCS)の操作手順の変更を勧告し、NRCが「WH型原子炉でもECCSは機能しない可能性がある」と警告するに及び、日本の関係者はてんやわんやの大騒動と成り、4月13日深夜になってようやくWH型原発大飯1号を、ECCS作動にかんする安全性が確認するまで一時停止することを決定したのである。
こういう原子力安全審査の杜撰さ、開発規制を目的とする安全委員会に通産省の推進派がはいっているという不可解さ、自発的に安全のための対応をすることをせず、米国からの技術的警告がきてあたふたと動くという体質は、22年後の今も実質的に変わっていないのである。原子力安全・保安院が設置された後の審査状況を見る限り、事態は更に悪くなったと云うべきではないだろうか。
1979年岩波「科学」6月号の論文(以降TMI論文と略記)は、事故原因を学問的に検証したものであり、その論述は

<1> 原発の構造と本質的危険性
<2> 事故の経過と状況
<3> 炉心冷却可能形状の喪失
<4> 事故によって明らかとなった原発の安全性の実態
1. 原発安全論の破綻 
(a) 補助給水系は「フール・プルーフ」になっておらず、「多重性」も破られた
(b) 圧力逃がし弁に「フェイル・セーフ」はありえない
(c) 加圧水位計は、事故時原子炉の状態を示さない。
(d) 格納容器による環境中への閉じこめは不可能である
(e) 一次循環ポンプは機能を喪失していた
(f) 大量の水素による影響は見過ごされた
2. 役に立たないことが実証されたECCS(緊急炉心冷却装置)
3. 過去の論争で指摘されていた危険性
結論と追記

の順で整然とすすめられている。このうち、とくに22年後のフクシマにおいてさえ生かされなかった警告は、「多重性(安全防護を何重にも設定しているので確率論的に事故は起きないという考え方)が破られた」という指摘、「格納容器による環境意中への閉じ込めは不可能である」こと、「大量の水素による影響が見過ごされた」という警告であろう。
TMI論文は結論を次のように要約している。

(1)安全委員会によって「絶対」起こらないと想定されている種類の事故が現実に起こったこと。したがって当然のことながら「絶対」おこるはずのない事故に対処できるような安全装置もつけられてはおらず、ECCSも所期の機能を果たすはずもない。
(2)従来のECCSの安全解析には致命的な欠陥があること。ミニチュアサイズの模擬装置による実験と計算機だけをたよりに安全評価するという、不当な態度を安全委員会がとっていたわけで、これの誤りが事実で証明された。
(3)多重性による安全神話は崩壊したこと。
(4)フェイル・セーフ、フール・プルーフなどの機能を本質的に持ち得ない機器が、安全上重要な箇所に含まれていること。
(5)人為ミスは本質的になくせないこと

TMI事故のあとで発せられたこの論文の結論、そして追記で書かれた警告にもかかわらず、我々は、チェルノブイリ原発事故に続いて、22年後に、フクシマ原発事故という、さらに「起こりえないとされた事故」が「事実起きてしまった」現実に直面しているのである。