原子力発電プラントは21世紀の「戦艦ヤマト」である

武田邦彦氏のコメントを聴く。私は環境問題や地球温暖化などに関する武田氏の発言には反対であるし、彼ほど科学技術そのものにたいする信頼をもってもいない。しかしながら、今回の福島原発に関する同氏のコメントは、批判的に聴くならば、傾聴すべきものを多く含んでいると思った。

武田氏は「安全ならば原子力発電を推進する」という立場である。その武田氏にして浜岡原発のように東海地震の震央地に原発を建設することの危険性を認めていた。このような危険を冒したことの恐ろしさを国民に正しく伝える義務をマスコミは十分にしてこなかったという。原子力安全委員会もそこでは機能していないのである。さらに、原子力推進派が多数を占めてから登場した「原子力安全・保安院」に大きな問題があったという。
武田氏がウラン濃縮工場の所長をしていたときに、原子力安全・保安院の認可を受けた後で、配管ミスに気付き、再工事を申請したときに、保安院は、一度認可したものの変更を認めないといったとのこと。要するに、住民の安全よりも役所の権威を守ることを優先させたわけだろう。この融通のなさに対して、武田氏が最終的にどう対応したのか、所長の職を辞する覚悟で工事を強行したのか、それともおとなしく官僚の言うがままになったのか、それはインタビューをしたものが聴いていないので分からなかったが、原子力安全・保安院が住民のことではなく原子力産業の保安を第一に考えている組織であることを如実に示すエピソードである。
もうひとつ、住民の避難指示について、半径20kmとか30kmなどという数値を出しても無意味であるという指摘があった。大事なのは、放射性元素をふくむ微粒子を運ぶ風の向きと強さを正確に測定すべきであって、気象庁が、事故後4日もたってから、現地の風速・風向計が故障中であると暢気な報告をしていたのは怠慢そのもの。事故後、ただちに現地に風向・風速計を空輸し、風に関する正確なデータを住民に知らせるべきであった。チェルノブイリでは、風下が被害を受け、それは遠方のポーランドまで届いたとのこと。そういう気象情報は、残念ながら今回、住民には届いていないようだ。
さらには、原発周辺の住民には万が一の場合に備えて、平時からオートバイとヨウ素解毒剤(KI)を配布しておくべきだと提案したが、それは原子力発電所の危険性を認めることになるからという理由で受け入れられなかったとのことであった。飛行機に乗るときに我々は万が一でも事故が起きたときの対応についてアナウンスされるわけだから、原子炉周辺の住民に対しても、そういう万が一の場合を想定した注意を予め与えておくべきだろう。

21世紀の戦艦ヤマト:
武田氏は原子力発電プラントのような巨大技術を、「戦艦ヤマト」に喩えていた。氏に由れば、戦艦ヤマトの艦長はサラリーマンであってはならず、命がけで戦艦の乗組員を守る気概が要ると強調していた。技術畑出身らしく、科学技術が駄目だから原発事故が起きたのではなく、この巨大プラントを統率する人間が官僚意識を持ち、一身の保身を国民の安全よりも重視したことが主要原因だと言いたいのであろう。
武田氏の技術者としての矜持はわかるが、私は逆に、このような素朴な技術信仰に危険を感じた。「戦艦ヤマト」は結局、時代に逆行した巨大装置であり、何の役にも立たず、それに乗った人の大多数は、海の藻屑と消えたのである。それとおなじように、原子力発電所のごとき時代遅れの巨大プラントを作ること自体に、環境と生命を破壊する危険性を見るべきなのである。
原子力発電所は、エコロジー的文明を構築すべき21世紀にとっては時代に逆行する「戦艦ヤマト」のごとき存在なのである。