孔廟大成楽章のCD

 理想主義的な政治家が、その理想にあまりにも厳格たらんとして藝術を排斥したことは歴史が証明している。プラトンは彼の理想とすべき国家から詩人を追放しようとしたし、「兼愛」の徳を説き社会的な不平等を批判した墨子は「非楽論」で、儒教典礼音楽を否定した。清教徒革命で国王を処刑した英国のピューリタンは、劇場を閉鎖し、華美な典礼音楽を退けた。近くは文化大革命の時代の中国がそれである。宗教と並んで、音楽もまた「民衆の阿片」の如きものとして排斥されることがあるのだ。江文也が文化大革命期の中国で受けた迫害は凄まじいものであったが、彼の作品までもが歴史から抹殺されることがあってはならないだろう。李香蘭の中国語の歌曲にしたところで、それを収録した香港のレコードやCDは、戦後になっても東南アジアの中国語文化圏で根強い人気を保ち続けたが、共産党政権下の中国では、長い間、「亡国の歌」として発禁扱いであった。現在では中国本土でも李香蘭の曲を聴くことが出来るから隔世の感があるのではあるが。
 江文也の相当数の音楽作品の楽譜は行方不明であるが、散逸を免れたいくつかの作品のCDが台湾で発売されている。そのなかで日本から簡単に注文できるものを紹介しよう。台北の上場有聲出版有限公司(Sunrise Records LTD.)からでている「台湾舞曲」というタイトルのCDに、「孔廟大成楽章」が収録されている。台湾舞曲も良い曲だが、孔文也が歴史的な使命感を持って復元しようとした「孔廟大成楽章」を聴くことが出来るのは有り難い。

孔廟大成楽章 (Confucian Temple Rites)の構成は以下のようである。
第一楽章 迎神  The Welcome of the Spirits
第二楽章 初献  The First Scrifice
第三楽章 亞献  The Second Sacrifice
第四楽章 終献  The Last Sacrifice
第五楽章 徹饌  The Removal of the Sacrificial Feast
第六楽章 送神  The Departure of the Spirits

 
演奏はNHK交響楽団、指揮は陳秋盛で、1984年九月六日の江戸川区文化センターホールでのコンサートの録音である。