山の向こうにある祖国ー訒麗君(テレサテン)の歌

私の家は山の向こう―テレサ・テン十年目の真実「私の家は山の向こう」は訒麗君(テレサ・テン)の伝記である。政治・社会評論でしられる有田氏の著作であるが、この本のタイトルは、テレサ・テン天安門事件における中国共産党政府の自由弾圧に抗議して集まった香港の学生たちの集会で彼女の歌った歌の題名でもある。この歌は、ミュージカル「李香蘭」でも歌われた「松花江上」と同じ曲であるが、かつての抗日愛国の歌が、香港にいる学生たちの「祖国」の民主主義抑圧に抗議する歌になったという点に興味を惹かれた。戦争を知らぬ香港の学生たちはこの歌をどんな思いで聴いたであろうか。
 ミュージカル「李香蘭」の芸術作品としての完成度については不満が残ったが、その制作意図は理解できた。 それは、たぶん「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」の両方を 映画にしたクリント・イーストウッド監督のそれと同種類のものであったろう。世代から世代へと語り継ぐべきメッセージというものがある。戦争の歴史を、当事国のそれぞれの側から同時に描くということ。そのためには、日本と中国の「民」の「祖国への愛」を肯定しなければならない。それは、そのときどきで支配者やイデオロギーが変わってしまう国家や政府のエゴイズムから押しつけられるナショナリズムではない。そういう祖国愛から、はじめて自分の属する国の政府や権力者を批判するという勇気も生まれてくるのではないか。