王寶釧とカチューシャの物語−映画「一夜風流」と京劇「三撃掌」 

「小時候」の歌詞の正確な日本語訳と、その背景にある京劇の伝統について、古くからの李香蘭ファンのかたに教えて頂いた。

    「小時候」(幼き頃) 映画「一夜風流」挿入曲

作詞:李雋青 作曲:姚敏 編曲:雷頌紱 歌唱:李香蘭
提起了小時候 啊...樣樣到心尖 啊...就在這桃花樹下 就在這小河邊  你爬山呀我划船 你踢毽來我打球 茅草兒當金簪 
樹枝當馬鞭抽 爬到那草地上 唱個汾河灣  你扮那薛平貴 我學做王寶釧 自從沒見面 啊...一別到今天 啊...又到這桃花樹下 
又到這小河邊 你真像薛平貴 回到了汾河灣 可是我小丫環 噯呀噯噯喲! 那裡配做王寶釧

  幼き頃を言い出せば、様々なことが心に迫り来る。 丁度この桃の樹の下で この小川のほとりで、
  あなたは山に登り 私は船を漕ぎ、あなたは羽蹴りをし 私は球を転がし、  茅草を黄金の簪にし、樹の枝を馬の鞭にした。
  そして、あの草地に登り、汾河灣の歌を歌い、 あなたは薛平貴に扮し、私は王寶釧を見習った。
  会えなくなってからずっと、別れてから今日に至り、また、この桃の樹の下に来、また、この小川のほとりにやって来た。
  あなたは、まさしく薛平貴にそっくりで汾河灣に戻って来た。ただ私は単なる小娘に過ぎず、ああ、 どこが王寶釧に似つかわしいのか?

この歌詞の中に出て来る「薛平貴」と 「王寶釧」とは、京劇「三撃掌」の登場人物である。(この京劇の内容についてはhttp://www.geocities.jp/cato1963/KGZsjz.html が詳しい)

薛平貴と王寶釧は、身分の差を超える恋の誠を貫くために、親子の絆をも断ち切ってしまう中国の伝説的な物語の主人公である。
前に書いたように、「一夜風流」はトルストイの「復活」の翻案、中国版のカチューシャ物語である。
「小時候」が映画「一夜風流」の挿入歌の一つであるとすると、どういう場面で歌われていたのだろうか。

歌詞の内容からすると、おそらく、秋霧(カチューシャ・李香蘭)が、「三年」後に、かつて一夜をともにした恋人の道甫(ネフリュードフ)と再会した場面ではないかと想像される。道甫は有名な弁護士、秋霧は、零落した娼婦の姿で再会する。その時に、脚本家は京劇の故事を借りて、「小時候」を秋霧に歌わせたのだろう。そう思って聴くと、噯呀噯噯喲! 那裡配做王寶釧 (ああ どこが王寶釧に似つかわしいのか?)というこの歌の最後の部分は、軽やかなメロディの裏に哀切な心を秘めていることが分かる。