「新しき夜」ーハルピンの歌姫 2

 「日本の戦時歌謡」とか、「懐かしのメロディー」というジャンルの中に収まらないものを山口淑子李香蘭)は持っている。彼女は中国語と日本語の歌だけではなく、朝鮮語とロシア語、そして英語でも歌ったのであるから。文字通り五族協和コスモポリタンの歌手と言うにふさわしい。
 李香蘭のうたう「荒城の月」や「朧月夜」は僕の好きな曲だが、たとえば奉天城の夜とか、上海の夜景とか、異国にあって故国を偲ぶという場面で歌われると、限りなく郷愁をそそるのである。彼女の歌が香港や台湾、東南アジアの華僑に根強い人気を持っているのも、異国にあって古き良き中国を偲ばせてくれるからであろう。それは生粋の日本人や中国人の歌う歌とは異なり、想像力の中にのみ存在する共同体の歌、その意味で普遍化された日本であり、中国なのである。
 「新しき夜」は、ヒロインの真理子(マリア)に扮した李香蘭が、ハルピンのナイトクラブでロシア語で唄っているが、日本で発売されたレコードよりも遙かに生彩に富む歌いぶりである。戦後になって彼女はアメリカという新天地でミュージカル歌手を目指すが、すでに戦時中にハルピンという国際都市でロシア人たちと共演していたことを思えば、日本国内で日本人だけを對象とする映画にでることには、彼女はなにか息苦しい閉塞感を感じていたに違いないのである。 ともあれ、映画「私の鶯」から 作詞 サトウハチロー 作曲 服部良一 の名曲「新しき夜」を聴いてみよう。