「迎春花」とショパン

 昨日、愛宕山のNHK放送博物館の特別企画で山口淑子李香蘭)の昔のSPレコードを聴いた。音楽史家の郡氏が解説を担当されたが、1942年の松竹・満映合作映画「迎春花」の主題歌のメロディーが、ショパンピアノ曲、幻想即興曲の一節をアレンジしたものだという話があった。これは面白い。そういわれてみればそんな気もする。幸い、迎春花の「古賀メロディー」もショパンの「幻想即興曲」もともにYoutubeにアップされていますから。聞き比べてください。
 映画そのものは現在DVDで購入することも出来る。内容は、戦時中にもかかわらず、実にのんびりとしたものである。満州国建国10周年という名目で作られた映画であるが、戦争の影を全く感じさせない。同時代の日本国内の映画と対照的である。「迎春花」は、戦争ではなく平和をテーマとし、日本人と満州の中国人とののどかな交流を描いている。戦争中のハルピンの貴重な映像もあり、ギリシャ正教を信じるロシア人の春の祭りの情景は興趣をそそられる。 
 制作は岩崎昶。戦前に映画法に反対したために投獄されたが、出獄後、満映に籍をおいていた。満映は左翼の映画人であってもあまり気にせずに有能な人間は受け入れたらしい。満映は、ただの国策映画として切り捨てられない側面を持っていたのである。戦中は、岩崎は李香蘭の映画制作にも携わり、この「迎春花」や本格的な音楽映画「私の鶯」をプロデュースした。戦後の彼は、広島の被爆の情景を撮影したフィルムを命がけで守ったり、急進的な左翼と目されて右翼の暴漢に襲われた気骨のある映画人でもあった。

  迎春花

作詞 西条八十 作曲 古賀政男 編曲 仁木地嘉雄

窓をあければアカシアの 青い芽を吹く春の風 
ペチカ歌えよ 別れの歌を 春が来る来る 迎春花(インチュンホア)

一朶兒開來,艶陽光, 一つ開けば,陽のひかり
兩朶兒開來,小鳥兒唱。 二つ開けば,鳥の歌
滿洲春天,啊…好春天, 春の滿州を旅ゆく人の
行人襟上,迎春花。   胸に插す花,迎春花

春を知らせる花ならば 人の心もわかる筈
今宵かの君 なにをか念う
われにささやけ迎春花(インチュンホア)

次は、比較のために、ショパンピアノ曲「幻想即興曲」を聞いてみよう。出だしの早いテンポの序奏部分だけを聴くと、なんだ全然似ていないじゃないか、と思われるかもしれないが、そのあとのテーマがでてくるまで辛抱強く待つこと。確かに似た旋律である! なんと「迎春花」の古賀メロディーのルーツはショパンにあったのである。幻想即興曲のこのパッセージは何度も聞いたはずであったが、まさかこれがアレンジされて使われていたとは思わなかった。