上海の女

沢口靖子の「さようなら李香蘭」、上戸彩の「李香蘭」を見た後で、この映画を見る機会があった。白黒映画のハンディキャップにもかかわらず、終戦直前の上海の独特の雰囲気が良くでている。登場人物が、場面に応じて日本語、中国語、英語で話すのも自然に聞こえる。稲垣浩は戦後、この映画で李香蘭神話をはじめて復活させたと言って良いだろう。「暁の脱走」は山口淑子の戦後を感じさせるが、「上海の女」のヒロインは李香蘭といったほうがふさわしい。もし、李香蘭の義父が汪政権に加わっていたら、この映画そっくりの状況だって生じたかもしれない。
 夜来香や何日君再来など李香蘭時代の懐かしい曲を聞けるのがうれしいが、主人公がふと口ずさむ「朧月夜」の日本語の歌詞の清澄な美しさに惹かれた。荒城の月とならんで、彼女の唄う古き良き日本の歌のノスタルジアを感じさせる。主題曲「ふるさとのない女」をナイトクラブで唄うシーンの妖艶なこと。これはこの時代の彼女にしてはじめて出せた色香だろう。とくに中国語から突如日本語に切り替わるシーンが圧巻。ヒロインの一途な恋の情熱を感じさせる。三国連太郎とのツーショットもよいが、映画を見終わってみると、山口淑子の存在感だけが記憶に残った。

 ところで、2008年2月より、台湾・中国・香港・米国の合作映画「色戒」が日本でも上映されることとなった。この映画、実は「上海の夜」とおなじく親日派政権の特務機関と抗日派のテロリストの間の命がけの抗争を扱っている。政治闘争の中で、恋のために仲間を裏切って落命する主人公を描いている点も似ている。「色戒」の原作は、上海時代の李香蘭と親しかった張愛玲である。