色・戒 について

終戦直前の上海で李香蘭と交遊のあった小説家張愛玲の短編「色戒」が 昨年映画化されて、ベネチアで金獅子賞を取ったが、それが今公開中。

この映画、抗日派の女性が、親日派の高官を暗殺するために近づきながら、男への恋情故に、土壇場になって仲間を裏切ってしまう物語である。Yutube にもいくつか転載されていたが、そのなかでヒロインが汪兆銘政権の高官に接近し、そのこころを掴むシーンがある。 場面は上海の日本の料亭。畳の間に宴席がしつらえられており、そこにこの高官の暗殺を命令された女スパイのヒロインが入ってくる。ここでヒロインは暗殺すべき高官とさしになって、彼の前で「天涯歌女」を唄う。ヒロインが「あなたと私は糸と針のように別れられません」という天涯歌女の一節を唄いながら酌をすると、それまで冷徹無比のニヒリストの政治家として描かれていた高官が、思わず涙してしまう。 なかなか良い場面だ。蘇州の民謡をベースにしたというこの「天涯歌女」、天と地の間をさすらいながら「知音」(こころの通じる人)を求めて唄うこの歌は、日本人にとって同時代の蘇州夜曲がそうであったように、中国人にとっては限りなく郷愁を誘うのだろうと思った。この天涯歌女、周旋が「馬路天使」という映画の中で歌って評判になった歌であるが、李香蘭も1944年の「野戦軍楽隊」という映画の中で歌っている。それぞれに個性が出ていて興味深い。