池田信夫氏の原発論議の「科学性」について

池田信夫という経済学者が、御自身のブログで「浜岡原発の「停止要請」は非科学的だ」という意見を述べている。私は池田氏とは全く面識がないし、ブログで公開されている以上の氏の経歴を存じ上げないが、氏の所説は、現在焦眉の問題にかかわるものであり、その議論の科学性を検討することは社会的に意味があると思うので、敢えて、ここで取り上げさせて戴く。
まずは、池田氏の所説を聴こう。氏は、菅直人総理の浜松原発の停止要請を批判して次のように述べている。

浜岡が危険だといわれたのは、東海地震震源の真上にあって、原子炉が地震で破壊される(あるいは制御できなくなって暴走する)のではないかということだったが、これについては東海地震で想定されているよりはるかに大きな今回の地震で、福島第一の原子炉は無事に止まった。浜岡も国の安全審査では、東海地震に耐えられる。
福島第一事故は、最悪の条件で何が起こるかについての「実験」だった。何も知らない外国政府が漠然と「原発は危ない」と考えて運転を止めるのはしょうがないが、日本政府は因果関係を詳細に知ることができるのだから、事故の原因は予備電源を浸水しやすいタービン建屋の中に置いたという単純な設計ミスだったことがわかるはずだ。福島第一の場合も原子炉建屋の屋上に移設しておけば、福島第二と同じように冷温停止になったはずだ(工費は数百万円だろう)。
事故原因は特定されているのだから、それを無視してなんとなく「津波対策をするまで危ない」と考えるのは論理的に間違っている。中部電力は法的根拠のない「要請」を拒否し、保安院の説明を求めるべきだ。

原発震災を引き起こした第一原発の二つの爆発事故によるレベル7の甚大なる放射能汚染を「実験」という池田氏の神経には驚いた。事故をシミュレートすることはできるが実験することは出来ない。「事故」と「実験」を混同したのでは、この論説そのものの「科学性」が疑われるであろう。
次に、「福島第一の原子炉は無事にとまった」から「浜岡の原子炉も無事にとまるだろう」と推論することは科学的な論拠に基づいているだろうか。
池田氏は、沸騰水型の制御棒は、重力に逆らって下から上へ向かって挿入されるという(科学的な)事実をご存じであろうか。相当な重量のある制御棒を燃料集合体の細い隙間に差し込む際に、大きな余震に見舞われるならば、制御に失敗する可能性は常に存在するのである。また、そもそも電源が喪失した時期が早ければ、制御棒自体動かすことが出来なくなるのである。福島の原発震災のときに関係者が最も気遣ったのは、制御棒がきちんと入ったかどうかということであり、それが挿入されたのは「不幸中の幸い」とも言うべきことだったのである。地震多発地帯に原発を設置しないこと、活断層のあるところは避けるというのが日本を除く世界の安全基準であるが、それは地震によって原子炉が制御不可能となる事態を恐れているからである。
次に、浜岡原発は、地震に対して安全ではないというのは、地震学者が警告していたことであり、保安院がそれを無視してこの原発の稼働を許したことが正しかったかどうかが現在問われているのである。国が認めたから安全だというのでは、国は絶対に間違いを犯さないという「原発神話」を池田氏が受け入れていることを示すに過ぎないのである。23年以上運転を続けた原子炉は故障が多発することは、神話ならざる統計的事実の示すところである。また老朽化した原子炉が安全であることを検証する実験設備は現在何処にもない。
 「事故」は「実験」と異なり、「想定外のことがかならず起こる」ものである。したがって、嘗て想定していなかったことを、後智慧のようなかたちであとから想定し、便宜的な弥縫策を講じたとしても、今後、さらに「想定外の事故」が起きないという保証はどこにもない。
実際、使用済み燃料プールの水位が下がり加熱によってジルコニウムが溶け、水素爆発を引き起こすという可能性は、原子力関係の技術者の想定していなかった事態であった。想定していれば連続して水素爆発が起こるという事故はなかったであろう。しかも、三号機の巨大な閃光とキノコ雲を伴った爆発事故については、ガンダーソン氏ら海外の専門家によって、ただの水素爆発ではありえず、使用済み燃料プールが地震で水漏れし、むき出しの使用済み燃料棒が水素爆発によって即発臨界をおこした可能性が指摘されている。従来は原子炉が無事ならば大事故にはならないということが暗黙の内に前提されていた。しかし、もしガンダーソン氏の考えが正しかったと科学的に立証されるならば、原子炉の安全基準だけでは不十分であって、使用済み核燃料の保管方法にかんして全面的な見直しを迫られるだろう。貧弱な耐震性を持ったプールに保管されただけの使用済み核燃料は、福島原発だけで3000程にもなるが、それらのもつ潜在的な危険は計り知れないものである。

私はさらに池田信夫氏の「原発事故という「ブラックスワン」という論説をもここで引用し、氏の所説がいかに非科学的な論拠に基づいているかを言っておきたい。池田氏は、次のように言う。

今回の事故は、1000年に一度の最悪の条件でもレベル7の事故は起こらないことを証明したわけです。誤解を恐れずに言えば、国と東電の主張が正しく、軽水炉(三号機はプルサーマル)が安全であることが証明されたと言って良い。しかし、こういう論理は政治的には受け入れられないでしょう。今後、日本で原発を建設することは不可能になったと考えるしかない。これは日本経済にとって深刻な問題です。

ここでも池田氏は、福島の原発事故がレベル7ではないという東電や保安院の虚偽の説明を鵜呑みにして意見を述べている点で、自らの所説が、非科学的な論拠に立脚していたことに気づいていないようである。この論説は、あきらかに保安院がレベル7であることを認めた時点よりも前に書かれたものであるが、今のところ著者自身による釈明も自己批判もないようである。(氏が堂々と自分の見通しが甘かったことを認めることを希望する)そして、今でも、今回の福島の「実験」で、「国と東電の主張が正しく、軽水炉(三号機はプルサーマル)が安全であることが証明された」という(科学的?)所説を展開されるのかどうか、お聞きしたいものである。