昨年6月の福島原発の事故になぜ真正面から向き合わなかったのかー「東電」の経営者と「安全・保安院」の役人の責任を問う

3/11の福島原発の事故はいつ終息するのか、まったく見通しが立っていないし、どんな不測の事態がおきるのかも分からない。
事故現場で、高い放射能を浴びる危険を冒しながら最悪のケースを阻止するために、文字通り身命を賭して不休の活動を続けて下さる関係者には全く頭を垂れてその安全と工事の成功を祈るしかないが、このような事態を引き起こした「東電」と、それを取り締まるべき「保安庁」の責任は、明らかにしておかなければならない。なぜなら、この原発の事故は、人災だからである。
まず、いわき市市会議員の佐藤かずよし氏のブログ「風の便り」の2010年6月19日の記事を見て戴きたい。ここには、佐藤氏による東京電力原発事故(今回の事故ではなく、昨年6月メルトダウン寸前の事故)への言及がある。
昨年6月の事故は、地震津波も無かったが、それにもかかわらず福島第一原発2号機の冷却装置が上手く作動せず、非常用のディーゼル発電機が起動するのが遅かったら大事故に繋がったかもしれぬ状況であったとのことである。この危機的事故に東電は真摯に向き合ったのであろうか。冷却のためのポンプを動かす電源が確保されなかったという点では、今回の大事故と同種のものである。地震津波も無かった状態で、メルトダウンの危険があったのであれば、想定外の地震津波のときの冷却用の電源確保という危機的状況に対する対策を立ててしかるべきではなかったか。今後、東電と保安院の管理責任が厳しく問われるのは当然であるが、この問題は、東電に限らず日本の企業や官庁などの組織に根強くある「隠蔽体質」がいかに、危機管理能力を喪失させるものであるかという厳しい教訓として受け止めるべきであろう。

今回の事故についての解説の中では、大前研一氏の3月19日のものも、明快に問題点を指摘していた。

 

驚くべきことに、東電の取締役以上の責任者には原子力の専門家が居ないとのことであった。また原子力安全・保安院は、原発推進派の影響下にある官僚の天下り機関であり、企業や国の政策を監視する批判的な役割を果たしてはいないのである。「東電」や「保安院」の解説者の言っていることが、曖昧模糊としていて、頼りなく、まったく無能に見えるのは、一つには、どちらも原子力の技術については素人にすぎぬ人間が責任者になっているからであり、もう一つは、外部批判をおそれる組織の隠蔽体質に起因するのである。大前氏もまた。明白に「隠蔽体質の東電」の問題性を指摘していた。そういう隠蔽体質を持つ民間企業のなかに対策本部を設置した官邸の見識も疑われるだろう。
さらに、福島第一原発の六機の原子炉には、いずれも建屋の上部に使用済核燃料が保管されているが、総数実に3000本に上るこの使用済核燃料は元来は別の中間保存施設で、最低10年は、続けて冷却すべきものであるとのことであった。福島原発で原子炉の建屋内部のプールに一時的に保管されていたわけであるが、そのプールの防水設備たるや、東京都のプリンスホテルの内部プールと同程度のものとのこと。そこで冷却がうまくいかなければ、使用済燃料といえども今回のように水素爆発を引き起こすのであり、そこからの放射能漏れは、建屋が破壊されている以上、ほとんど垂れ流しに近くなるであろう。
使用済核燃料から再処理施設でプルトニウムを取り出すなどと言う政府の原子力計画が頓挫したのは言うまでも無いが、そもそも、使用済核燃料の保管に関するこのような杜撰さを東電および保安院はどう説明するのであろうか。